ろうあ者とは?ろう者との違いと差別用語とされる真相・正しい呼び方
公的な文書やニュース報道、あるいは日常会話の中で「ろうあ者」という言葉を目にした際、ふと「ろう者」や「聴覚障害者」と何が違うのか、疑問を抱いた経験を持つ人は少なくありません。東京2025デフリンピックの開催を経て、日本社会における聴覚障害や手話への関心は一段と成熟期を迎えています。しかし、呼称にまつわる正確な意味合いや、言葉の背後にある歴史的な文脈については、いまだ曖昧な認識が残されているのが実情です。
「ろうあ者という表現は差別用語にあたるのではないか」「なぜ一般財団法人全日本ろうあ連盟の名称には今もこの言葉が使われているのか」。インターネット上の掲示板やSNSでは、配慮の仕方に悩むビジネスパーソンや教育現場からの困惑の声も散見されます。単なる言葉の言い換え問題にとどまらず、そこには医学的診断と文化的アイデンティティの相克、そして当事者たちが権利を獲得してきた重厚な闘争の歴史が存在します。本稿では、最新の法制度動向や当事者団体の見解を交え、その真相と適切なコミュニケーションマナーを徹底的に解き明かします。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:「ろうあ者(聾唖者)」は音を聞くことと声を出すことの双方に困難を抱える人を指す伝統的呼称だが、現在は「唖」という漢字の差別的ニュアンスや口話強要の歴史から、公的・日常的には「ろう者」または「聴覚障害者」と言い換えるのが標準的マナー。
- 要点2:国内最大の当事者団体「全日本ろうあ連盟」が名称を維持しているのは、1947年の結成以来、偏見や制度的障壁と闘い権利を勝ち取ってきた歴史的象徴であり、先人たちの誇りを継承する固有名詞としての矜持があるため。
- 要点3:聴覚障害者は医学的総称であるのに対し、「ろう者」は独自の言語(日本手話)と価値観を持つ「デフ文化」の構成員という言語的少数者の側面が強く、全国で広がる手話言語条例や法改正の潮流もこの文化的視点を重視している。
【言葉の定義】「ろうあ者」の意味と「ろう者・聴覚障害者」との決定的な違い
「ろうあ者」という言葉の本来の意味を紐解くには、漢字の成り立ちと医学的背景を正しく把握する必要があります。ろうあ者は漢字で「聾唖者」と表記され、「聾(ろう=耳が聞こえない)」と「唖(あ=声を出して話すことができない)」の二つの状態が組み合わさった概念です。医学的な観点からは、乳幼児期など音声言語を獲得する前に高度な聴覚障害を負った結果、自らの発音を耳で確認することができず、音声による発話が困難になった人を指して用いられてきました。
これに対し、現在広く用いられている「ろう者」と「聴覚障害者」には、明確な視点の相違が存在します。
佐賀県聴覚障害者サポートセンターをはじめとする公的機関の解説資料によると、「聴覚障害者」は障がいの程度や発生時期を問わず、聴覚機能に障害があるすべての人を包含する法律的・医学的な総称です。身体障害者手帳の交付対象となる高度難聴者から、加齢による難聴、中途失聴者までが幅広く含まれます。
一方、「ろう者(Deaf)」は単に耳が聞こえない人という医学的診断名にとどまりません。第一言語(母語)として「日本手話」を用い、独自の価値観や生活様式を共有するコミュニティの一員であるという、文化的・言語的少数者としてのアイデンティティを内包した呼称です。英語圏でも医学的難聴を小文字の「deaf」、文化的共同体を指す際は大文字の「Deaf」と表記し分ける文化が定着しています。「ろうあ者」と「ろう者」は単に「あ」が付くか否かという表記の違いではなく、音声言語が話せない欠損状態に着目した古い捉え方か、手話という固有言語を持つ人間としての尊厳を認める新しい捉え方かという、思想的な断絶を背景に持っています。

なぜ「ろうあ者」は差別用語とされるのか?歴史的経緯と漢字が持つ意味
「ろうあ者」という単語が放送禁止用語や要注意語として扱われ、公の場で忌避されるようになった最大の要因は、「唖(あ)」という漢字が内包する差別的な語源と、教育現場における苛烈な歴史的経緯にあります。
日本民間放送連盟(民放連)の放送基準や大手新聞各社の用語の手引きにおいて、「聾唖(ろうあ)」は原則として「ろう者」または「聴覚障害者」に言い換える対象と指定されています。「唖」という文字には「言葉を話せない」「愚かである」「口をつぐむ」といった侮蔑的な意味合いが含まれており、古くから人を嘲弄・卑下する差別語として濫用されてきた経緯があるためです。
さらに根深い問題として、聾学校(現・聴覚特別支援学校)における「口話法(こうわほう)の絶対視」という歴史的トラウマが挙げられます。1880年のミラノ国際聾教育会議において「口話は手話に優る」との決議が採択されて以降、世界の聾教育は、相手の唇の動きを読み取り声を出して話す「口話教育」へと傾倒しました。日本でも大正期から昭和後期にかけて口話法が強力に推進され、手話の使用は厳しく禁止されたのです。
当時の教育現場を経験した高齢当事者の手記やドキュメンタリー証言では、「授業中に手話を使うと竹尺で手を叩かれた」「声を出せない者は一人前ではないと刷り込まれた」という痛切な告白が多数残されています。「耳が聞こえないだけでなく、口もきけない欠陥者」という社会からの偏見を象徴する言葉が「ろうあ者」であり、当事者にとってこの呼称は、言葉を奪われ人格を否定された屈辱的な記憶と直結している側面を否定できません。
全日本ろうあ連盟の名称に残る理由|当事者団体が背負う歴史と誇り
「ろうあ」という言葉にこれほどの否定的なニュアンスが伴うのであれば、なぜ日本を代表する当事者組織である「一般財団法人全日本ろうあ連盟」は、名称を変更せずに維持し続けているのでしょうか。この疑問こそ、ネット上でも極めて議論が白熱するトピックの一つです。
連盟の公式見解および関係者の記録によると、その根底には「先人たちが差別に抗い、権利を勝ち取ってきた歴史を風化させない」という確固たる矜持が存在します。
一般財団法人全日本ろうあ連盟は、終戦直後の1947(昭和22)年、群馬県伊香保温泉で開催された「全国聾唖者復活大会」を起点として設立されました。当時の日本社会において、聴覚障害者は法的に「準禁治産者」として扱われ、財産権の行使が制限されていたほか、運転免許の取得も拒否されるなど、基本的人権が著しく侵害されていました。そうした絶望的な社会的包摂の欠落に対し、自らを「ろうあ者」と名乗る先人たちが団結し、以下のような数々の制度改革を血のにじむ努力で勝ち取ってきたのです。
- 民法第11条の改正(旧準禁治産者規定の撤廃):聴覚障害者の法的無能力者扱いを覆し、完全な市民権を獲得。
- 運転免許取得資格の開放:1968年の部分開放から段階的に規制を撤廃させ、移動の自由を確立。
- 手話通訳制度の公的確立:行政機関や医療現場における手話通訳派遣事業の法制化。
連盟にとって「ろうあ」の二文字は、差別を受けながらも尊厳のために立ち上がった歴史的運動のシンボルであり、アイデンティティそのものです。したがって、組織の歴史を語る文脈や固有名詞としては誇りを持って掲げられつつも、一般的な構成員個人の呼称としては、自立した言語使用者を意味する「ろう者」を用いるという、理路整然とした使い分けがなされています。

【データ徹底比較】ろう者・難聴者・中途失聴者の実態と違い
聴覚に不自由を抱える人々を一括りに捉えることは、適切な合理的配慮の提供において最大の障壁となります。厚生労働省の統計調査や関係団体の公表資料に基づき、各当事者グループの障害特性、主要コミュニケーション手段、直面する課題を体系的に整理しました。
| 呼称・区分 | 詳細・特性データ | 主な言語・情報伝達手段 | 編集部の見解・配慮の要点 |
|---|---|---|---|
| ろう者(Deaf) | 乳幼児期など言語獲得期前の失聴が多い。国内推計約6万〜8万人。手話共同体に属する文化的少数者。 | 日本手話(JSL) ※独自の文法体系を持つ自然言語。筆談や身振りも併用。 | 手話通訳の配置が最も効果的。日本語の文章表現(助詞やニュアンス)は第二言語にあたる場合があるため簡潔な表記が望ましい。 |
| 難聴者(Hard of Hearing) | 残存聴力がある状態。軽度から高度まで様々。加齢性難聴を含めると国内潜在人口は1,400万人超と推計。 | 補聴器・人工内耳、音声言語 口話(読唇術)、要約筆記、文字起こしアプリ。 | 手話を解さない人が大半。雑音を抑えた環境、正面を向いてはっきり話す配慮やロジャー等の補聴援助システムが有効。 |
| 中途失聴者 | 音声日本語を獲得した後に、病気や事故で聴力を完全に喪失した人。精神的孤立に陥りやすい。 | 日本語対応手話、筆談 リアルタイム音声認識文字表示、要約筆記。 | 思考基盤が音声日本語であるため、文字情報の提供が最もスムーズ。突然の音の喪失に伴う心理的ケアと社会的孤立防止が急務。 |
| 盲ろう者(Deafblind) | 視覚と聴覚の両方に重複して障害を併せ持つ人。東京盲ろう者友の会等の推計によると全国で約1万4,000人。 | 触手話、指点字、手のひら書き 触覚を介した独自伝達。 | 外界からの情報遮断が最も深刻。専門の盲ろう者向け通訳・介助員の同行と、触覚に依拠したきめ細かな支援が不可欠。 |
【実態検証】当事者の生の声から紐解く「デフ文化」と日常のコミュニケーション
聴覚障害者と健聴者(聴者)の間にあるギャップは、コミュニケーションの現場において鮮明に浮き彫りになります。SNSのコミュニティや当事者のエッセイ、取材現場の証言からは、健聴者側の「善意の思い込み」が時に当事者を困惑させている現実が見えてきます。
典型的な事例が、「耳が聞こえないのだから筆談をすれば誰でも完璧に通じる」という誤解です。大手企業の特例子会社に勤務する20代のろう者男性は、取材に対し次のように吐露しています。
「自分にとっての母語は日本手話であり、日本語の文章は外国語のような感覚があります。助詞の使い方や細かな敬語表現が並ぶ長い筆談メモを渡されると、意味を解釈するのに時間がかかり、精神的な負荷が大きいです。手話ができない方なら、箇条書きの短い日本語にしてくれたり、スマートフォンの音声文字変換アプリを画面で見せてくれたりする方が、はるかに的確に意思疎通ができます」
また、「デフ文化」特有のコミュニケーション様式も知っておくべき重要な要素です。ろう者の会話では、話し相手の肩をポンポンと軽く叩いて注意を引く、部屋の照明をパチパチと点滅させて全員に合図を送る、テーブルを軽く叩いた振動で気付かせる、といった動作が日常的に行われます。健聴者の常識から見ると「急に触られて驚いた」「部屋を急に暗くされて驚いた」と受け取られがちですが、これらは視覚と振動を活かした極めて合理的かつ礼儀正しいコミュニケーションルールです。
「話せない可哀想な人」ではなく、「視覚を活用した独自の豊かな生活様式を持つ人々」。このデフフッド(Deafhood=ろう者としての誇り)を理解することこそが、形式的なマナー論を超えた相互理解の第一歩となります。

一般に知られていない盲点とネットの誤解|手話言語条例と最新の法改正動向
現在、法制度と社会認識の双方において極めて大きなパラダイムシフトが進行しています。その震源地となっているのが、地方自治体から急速に波及した「手話言語条例」の制定運動と、国の「手話言語法」制定に向けた動きです。
2013年に鳥取県が全国で初めて「手話言語条例」を制定して以来、手話を「単なる身振りや音声言語の代用品」ではなく「独自の体系を持つ独立した言語」として位置付ける自治体が相次ぎました。全日本ろうあ連盟の最新集計によると、全国の都道府県・市区町村における条例制定数は450自治体を突破し、社会全体の認識を底上げする強力な推進力となっています。
あわせて注目すべきは、改正障害者差別解消法に基づく民間事業者に対する「合理的配慮の提供の義務化」です。従来は努力義務にとどまっていた民間企業においても、窓口での筆談対応、手話通訳リレーサービスの活用、採用面接における情報保障などが法的な義務として課されることになりました。
ネット上には「手話を義務付けるのは健聴者への押し付けではないか」「手話よりもAI文字起こしアプリがあれば手話通訳は不要になるのではないか」といった論壇も一部に見られます。しかし、これは致命的な誤認です。AI技術の進化は中途失聴者や難聴者の情報取得を劇的に改善した一方で、手話を母語とするろう者にとっては、日本語の文字情報だけではニュアンスや感情が十分に伝わらないケースが依然として多いためです。テクノロジーの利活用と手話による言語権保障は二者択一ではなく、当事者の選択肢を広げるための両輪として整備される必要があります。
【正しい呼び方マナー】現場で失敗しないコミュニケーションと配慮の判断基準
ビジネスシーンや地域社会において、聴覚に障害のある方と接する際、呼称やアプローチに迷った場合はどのような判断基準を持てばよいのでしょうか。専門機関の指針と現場実務から導き出される行動規範を解説します。
まず、呼称の選定基準です。個人の尊厳を傷つけず、円滑な関係を構築するための原則は以下の通りです。
- 日常的な対面コミュニケーション:相手を属性で呼ぶのではなく、健聴者と同様に「〇〇さん」と個人名で呼ぶのが基本にして最善のマナーです。
- 第三者への説明や公的文書:客観的な事実を記載する場合は「聴覚障害のある方」「聴覚障害者」を用いるのが最も無難かつ公的な標準表現です。相手自身が手話共同体への所属を明確に自認している場合は「ろう者」と表現します。
- 避けるべき表現:「ろうあ者」「おし」「つんぼ」といった差別的響きを持つ語言は、歴史的学術論文の引用や団体固有名詞の言及を除き、日常会話やビジネス会話では決して用いてはなりません。
【プロの結論】障害の社会モデルから見出すコミュニケーションの境界線
社会学および障害学の視点から言えば、現代のコミュニケーション不全の本質は「本人が音を聞けないこと」にあるのではなく、「音にしか頼らない社会インフラの不備」という社会側の障壁にあります。これを障害学では「障害の社会モデル」と呼びます。
健全なコミュニケーションを成立させるための判断基準は、「相手を過剰に手助けすべき弱者として扱うこと(共依存的パターナリズム)」を排し、「対等な対話相手として、どの伝達チャネルが最も適切かを確認する」という心理的バウンダリー(境界線)の確立にあります。
「手話ができなければいけない」と思い詰める必要はありません。「手話はお使いになりますか?」「スマートフォンの画面に文字を打ち込んでお見せしてもよろしいですか?」と率直に確認する姿勢そのものが、最良の配慮です。相手の言語的背景(手話話者か、日本語話者か)をフラットに見極め、ツールを柔軟に使い分けることこそが、成熟した大人のマナーと言えます。
【ろうあ者とは】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:「ろうあ者」と呼んでしまった場合、直ちに差別やハラスメントになりますか?
A1:意図せず使ってしまった一度の発言が法的な処罰対象になるわけではありませんが、相手に強い不快感や「差別された」というショックを与える可能性は非常に高いと言えます。もし誤って口にしてしまった場合は、言い訳をせず「不勉強で配慮に欠けた表現をしてしまいました」と真摯に謝罪し、以降は「聴覚障害のある方」または「ろう者」と言い換える姿勢を示すことが肝要です。
Q2:全日本ろうあ連盟の会員は、全員が手話を話せる人ばかりですか?
A2:基本的には日本手話を主言語とする「ろう者」を中心とした組織ですが、難聴者や中途失聴者、手話を学習中の人々を支援する関連組織とも広く連携しています。ただし、難聴者には「一般社団法人全日本難聴者・中途失聴者団体連合会(全難聴)」という別の全国組織が存在し、生活ニーズや情報保障の手法(要約筆記や補聴環境の整備)が異なるため、それぞれが特性に応じた運動を展開しています。
Q3:耳が聞こえない人を見かけた時、手話が全くできない場合はどうサポートすればいいですか?
A3:身構える必要はありません。スマートフォンのメモ帳アプリを起動して大きな文字で用件を表示する、手持ちの紙とペンで要点を短く箇条書きにする、あるいは身振り手振りで伝えるだけで十分に意思疎通が可能です。最も重要なのは、相手の視界に入る正面に立ち、口元を隠さず、身振りを交えながら落ち着いて伝える姿勢です。
まとめ:呼称の本質を理解し、共生社会へ向けた一歩を踏み出すために
「ろうあ者」という言葉をめぐる問いは、単なる日本語の表現マナーの枠にとどまりません。それは、過去の偏見や抑圧的な教育体制の中で尊厳をかけて闘ってきた人々の歴史と、自らの言語と文化に誇りを持つ「ろう者」たちのアイデンティティに対する理解そのものです。
「話せない状態」を指した古い呼称から、手話という固有の言語体系を生きる主体としての「ろう者」、そして社会的な情報格差を解消すべき対象としての「聴覚障害者」へ――。私たちが言葉の変遷に込められた本質を正しく掴み、対話のチャネルを相手に合わせて開くことこそが、隔たりのない真の共生社会を築くための確かな一歩となります。 (出典: ろうあ 者 と は(Yahoo!ニュース))